らめらたんのランドセル

好きなことを好きなだけ。感想は #らめらたんのランドセル で

No.2 : ポケットから讃岐うどん

 親友は皆、ぬいぐるみや抱き枕を腕に包み込み眠るという。その心地良さについては私も理解出来るのだが、私のチョイスはあくまでも湯呑み茶碗。程良い曲線美は抱きかかえて寝るのに抜群の効果を為す。それでいてヒンヤリとした冷たさもあり、布団の中の温かさとの対象的なものを感じることが出来るのだ。2日前は煎茶が入ったまま抱いて寝てしまい、翌朝目を覚ますと枕元は静岡県の如く茶葉の香りが充満していた。

 私は13歳を過ぎた頃から03:00には目が覚めるようになっていた。日が昇り始める時間帯に近くの防波堤へと出向き、釣りをするのが日課だ。ここでの釣果が朝食に直結する。つまり釣果が無ければ朝飯も無しだ。釣れなかった場合でも、空腹で死にそうな時には餌として使っている小エビやゴカイをモグモグ食べる。当然そんなことをした日は一日中、嘔吐を繰り返しながら過ごすことになる。そうならない為にも魚を釣らなければならない。常に結果が求められる世界で私は生きている。そんなこんなで私の専用ポイントに着くと、その手前で腕立て伏せをしながら釣り糸を垂らす183cm前後の男が居た。彼は日本人離れした体格と顔つきをしている。居ても立ってもいられず、私は彼に声を掛けた。

 

 「どうですか?釣れてますか?」

 

 「Goede morgen! Grass.」

 

 私は驚愕した。フッデモルヘン。オランダ語だ。だがこの街にオランダ人が住んでいるなどと言ったことは一度も聞いたことが無い。ユーは何しに日本へ?気になったが私自身、オランダ語を話すことは出来ないので諦める他なかった。彼は今度は私の背後にポジションを取った。後ろで彼はカツ丼を食べている。海でカツ丼を食べる人は初めて見た。私はかつて取調室で食べたことはあって草。そんな彼が気に障って仕方無いが、構わず私も釣り糸を海に放った。今日は自家製のルアーを使っている。クルミで作ったルアー。カルーアミルクを飲みながら当たりを待っていると、すぐに反応があった。なかなかの手応えである。竿ごと持っていかれそうな勢いだ。少なくともここ数年でいちばんの当たり。慎重にリールを巻きながらリーグ・アンのリールの戦況はどうなってるんや?と考えた。しかし余計なことに気を取られていては海に転落しそうだったので、無我夢中で巻いた。数分後、遂にその魚影が姿を現した。デカい。釣り上げて驚いた。なんと120cmもの体長を誇るシシャモが釣れたのだ。こんなシシャモ、今まで見たことがない。面白いのは体高はスーパーに並ぶ一般的なシシャモと変わらないことだ。ひょろ長い。キモい。しかし朝飯が手に入ったという事実には悦びを感じた。気持ち悪いそいつをその場で焼いた。シシャモは焼きに限る。シシャモの刺身など聞いたことがない。皮に焦げ目が付き食べ頃になった。尻尾から頂いた。鯛焼きも尻尾から食べる派だと思ったか?いやいや私クラスの強者はエラから食べる。味が心配であったものの、普通のシシャモと何ら変わりない。しかし1匹丸々食べるには多すぎる。そこで半分食べて残りの半分は最寄りの水族館で育ててもらうことにした。後ろに居たオランダ人は先程と服装が変わっていた。オランダ代表の橙色をしたユニフォームを身に纏っている。背ネームを確認したいが奴は正面を向いている為、確認が取れない。しかしながら魚を釣ってフィニッシュ出来たことが一番の収穫。

 

「フィシュシュ!フィシュシュ!フィッシュッシュゥ!w」

 

 突如背後のヨーロピアンは叫んだ。末恐ろしい。しかし何事も無かったかのように再びカツ丼を頬張った。よく見ると彼は炊飯器をそのまま器にして食べている。軽く8人前はありそうだ。さらにカツに中身が無いことが判明した。ただ衣である。そんな謎の食べ物を堂々と食べ進めるその姿はまるで人間のようだった。私は彼に構わずに帰宅しようと歩みを進めた。だが、カツ丼を立ち食い、いや、歩き食いと言うべきだろうか、そうしながら彼は後を付けてくる。本当に怖い。もう玄関の脇まで来ている。しかし一向に彼は居なくならない。心做しか、その距離感も2cm程にまで縮まっている気がした。家に着き、靴を脱いでいると真顔で彼も入室した。というよりかは私よりも先に廊下を歩いている。リビングに着き、真っ先に炬燵に入り暖を取る彼は少し顔が火照っていてかわいらしかった。そしておもむろにヤケ酒を始めた。10分程で酔いが回ったのか、さらに顔が赤みを帯びていてかわいい。

 数日後、走って「歩く丸水族館」へ向かった。私の食べかけのシシャモは元気に水槽の中を泳いでいた。昨日、新館長に就任したばかりの「彼」は水槽の中で泳ぎながら、その様子をカメラに収めようとしていた。私はその男に声を掛けた。

 

 

 

 「どうですか?撮れてますか?」

 

 

 

 「Goede morgen! Grass.」

 

 

No.1 : アフターフォローの盆栽

 待ち焦がれた新スタジアム。私はただ熱狂していた。私生活での不快な出来事によりメランコリックだったここ数日の事など最早憶えてはいない。

 私はとあるフットボールクラブのファン。自身の成長の際、必ずそのエンブレムは私の背中を押してくれた。共に成長してきたスタジアムの解体が決まった時、私は私が崩壊してしまうのではないかと怯えた。スタジアムそのものが私だから。しかし新しく出来ることになるであろうそこにも、溢れんばかりの希望が詰まっていることを考えると生きていく為の活力となった。

 今日、私はそこにいる。既にこけら落としからは数試合目で漸くこの時が来たか、といったところだ。おニューな会場に入場すると、拙者はアルコールを摂取した。ほろ酔いの気分で試合を観たかったから。とは言うものの私は「試合を観る」という感覚で試合を観ているわけではない。スタンドに居ることが「試合に参加している」ことだと思っている。選手たちと同じ空間に居るその時間は私も選手になり得る時間。例えるなら、本来はベジタブル売り場にある筈のピーマンが魚売り場に移動した時、ピーマン自身は自分が魚になったと思っている現象に似ているだろう。そんなこんなで自分の座席を見つけ、腰掛けた。連れは居ない。友だちが居ないわけではなく、時に誘われることもあるのだが、いつもスタジアム観戦は1人だ。とは言うものの私は試合を私という人間1人で観ているとは感じていない。周りの莫大なサポーターたちと一体となって観ているのだから。例えたいが例えない。長くなってしまうからね。左に通路がある端の席だった。右隣では96歳くらいのお姉さんがパッション溢れる応援をしている。後ろにはアリストテレスが正座している。前のおじさんはよく見たらおばさんだった。私はそのおじさん、いや、おばさんに「今日も勝ちまショートバウンド!取れない取れない!エラーのランプが点灯しましたぞっ!」と喝を入れた。するとおじさん、いや、おばさんも「それはそうそう!ソーキそば!はァい!」と返してくれた。

 笛が鳴ると真ん中に居た人間が丸い物を蹴った。どうやら試合が始まったようだ。アルコールが効いてきた。身体が火照っている。燃え滾る炎をジワジワと感じながら座席に立ってチャントを斉唱した。死ぬほど熱い。耐え切れず服を脱ぎ捨てた。前半は特に見応えもなかったが強いて言うなら開始直後に先制した。ボールボーイからのこぼれ球に反応した形だ。ボールボーイに向けたチャントを歌い続け、前半は終了した。ハーフタイムになると私は再びアルコールを注入した。先程よりも強めのもの。直ぐに効き始め、席に戻るのにもフラフラだった。しかし飲料そのものはキーンと冷えており、身体が冷えた。取り敢えず先程脱ぎ捨てた服を着た。よく見るとアルコールが入っていたカップに何か書いてある。スタバでよく何か書かれることはあるがそれ以外だと初めての経験だ。文字を解読するとエリク・ラメ...。最後の1文字が読めないが恐らく彼の線が濃厚だろう。あぁ、フラフラする。

 

 後半が始まった。私は何故か他人の名前が記されたカップを手に持っている。試合どころではない。カップに書かれた名前の人はピッチ上で球を転がしている。

 

 

 「彼の元へ届けなければならない!!!!!!!!!!!」

 

 

 私はそれに気付くと一目散にピッチに舞い降りた。追いかけて来る警備員を横目に快足を飛ばした。彼はどこだ?このカップを必ず彼に!真っ直ぐなその想いだけを胸に彼を捜した。しかし捕獲の人間たちが迫り来る。

 

 

 今スタンドから「サポーター」と呼ぶべきではない人が入ってしまいました。こういうのはいただけない...

 

 そうですねぇ。

 

 なかなか捕獲の足も鈍いですね...。もうそろそろファンも夢を見るのも良いですけど、夢から醒めて目の前の試合に集中して欲しい...

 

 そうですねぇ。まぁよく分からないですね、こういうことをする人の考えは。私もよく分かりません。

 

 主役はあくまでもピッチ上でプレーしている選手たちとそれを支えるこういうスタッフとかそういうところの筈なので...。

 

 

 まぁ服を着ていただけ良しとしませんか?

 

 

 

 やがて私は捕獲された。結局彼の元にカップを届けることは出来なかった。それどころか私が交番に届けられてしまった。言い渡された刑罰は生涯出禁。堪らず直ぐに控訴した。

 

 「私は服を着ていた。だから生涯出禁なんて重すぎる。3試合の出禁が相応ではないか?」

 

 裁判所は直ぐに訂正した。私は生涯出禁という考えられ得る最悪の事態を免れた。なんとかまたこのチームの「サポーター」としてやっていける。それでもまだカップは手元にある。いつかまたアクションを起こさなければならない。私は今ここに誓う。次にリスクを冒す時も必ず服は着る、ってね。