らめらたんのランドセル

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No.1 : アフターフォローの盆栽

 待ち焦がれた新スタジアム。私はただ熱狂していた。私生活での不快な出来事によりメランコリックだったここ数日の事など最早憶えてはいない。

 私はとあるフットボールクラブのファン。自身の成長の際、必ずそのエンブレムは私の背中を押してくれた。共に成長してきたスタジアムの解体が決まった時、私は私が崩壊してしまうのではないかと怯えた。スタジアムそのものが私だから。しかし新しく出来ることになるであろうそこにも、溢れんばかりの希望が詰まっていることを考えると生きていく為の活力となった。

 今日、私はそこにいる。既にこけら落としからは数試合目で漸くこの時が来たか、といったところだ。おニューな会場に入場すると、拙者はアルコールを摂取した。ほろ酔いの気分で試合を観たかったから。とは言うものの私は「試合を観る」という感覚で試合を観ているわけではない。スタンドに居ることが「試合に参加している」ことだと思っている。選手たちと同じ空間に居るその時間は私も選手になり得る時間。例えるなら、本来はベジタブル売り場にある筈のピーマンが魚売り場に移動した時、ピーマン自身は自分が魚になったと思っている現象に似ているだろう。そんなこんなで自分の座席を見つけ、腰掛けた。連れは居ない。友だちが居ないわけではなく、時に誘われることもあるのだが、いつもスタジアム観戦は1人だ。とは言うものの私は試合を私という人間1人で観ているとは感じていない。周りの莫大なサポーターたちと一体となって観ているのだから。例えたいが例えない。長くなってしまうからね。左に通路がある端の席だった。右隣では96歳くらいのお姉さんがパッション溢れる応援をしている。後ろにはアリストテレスが正座している。前のおじさんはよく見たらおばさんだった。私はそのおじさん、いや、おばさんに「今日も勝ちまショートバウンド!取れない取れない!エラーのランプが点灯しましたぞっ!」と喝を入れた。するとおじさん、いや、おばさんも「それはそうそう!ソーキそば!はァい!」と返してくれた。

 笛が鳴ると真ん中に居た人間が丸い物を蹴った。どうやら試合が始まったようだ。アルコールが効いてきた。身体が火照っている。燃え滾る炎をジワジワと感じながら座席に立ってチャントを斉唱した。死ぬほど熱い。耐え切れず服を脱ぎ捨てた。前半は特に見応えもなかったが強いて言うなら開始直後に先制した。ボールボーイからのこぼれ球に反応した形だ。ボールボーイに向けたチャントを歌い続け、前半は終了した。ハーフタイムになると私は再びアルコールを注入した。先程よりも強めのもの。直ぐに効き始め、席に戻るのにもフラフラだった。しかし飲料そのものはキーンと冷えており、身体が冷えた。取り敢えず先程脱ぎ捨てた服を着た。よく見るとアルコールが入っていたカップに何か書いてある。スタバでよく何か書かれることはあるがそれ以外だと初めての経験だ。文字を解読するとエリク・ラメ...。最後の1文字が読めないが恐らく彼の線が濃厚だろう。あぁ、フラフラする。

 

 後半が始まった。私は何故か他人の名前が記されたカップを手に持っている。試合どころではない。カップに書かれた名前の人はピッチ上で球を転がしている。

 

 

 「彼の元へ届けなければならない!!!!!!!!!!!」

 

 

 私はそれに気付くと一目散にピッチに舞い降りた。追いかけて来る警備員を横目に快足を飛ばした。彼はどこだ?このカップを必ず彼に!真っ直ぐなその想いだけを胸に彼を捜した。しかし捕獲の人間たちが迫り来る。

 

 

 今スタンドから「サポーター」と呼ぶべきではない人が入ってしまいました。こういうのはいただけない...

 

 そうですねぇ。

 

 なかなか捕獲の足も鈍いですね...。もうそろそろファンも夢を見るのも良いですけど、夢から醒めて目の前の試合に集中して欲しい...

 

 そうですねぇ。まぁよく分からないですね、こういうことをする人の考えは。私もよく分かりません。

 

 主役はあくまでもピッチ上でプレーしている選手たちとそれを支えるこういうスタッフとかそういうところの筈なので...。

 

 

 まぁ服を着ていただけ良しとしませんか?

 

 

 

 やがて私は捕獲された。結局彼の元にカップを届けることは出来なかった。それどころか私が交番に届けられてしまった。言い渡された刑罰は生涯出禁。堪らず直ぐに控訴した。

 

 「私は服を着ていた。だから生涯出禁なんて重すぎる。3試合の出禁が相応ではないか?」

 

 裁判所は直ぐに訂正した。私は生涯出禁という考えられ得る最悪の事態を免れた。なんとかまたこのチームの「サポーター」としてやっていける。それでもまだカップは手元にある。いつかまたアクションを起こさなければならない。私は今ここに誓う。次にリスクを冒す時も必ず服は着る、ってね。